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2009-01-27

訃報の連鎖。木村恒久さん、福田繁雄さん。

福田繁雄さん、銀座でのスナップ、1月9日。そして11日の訃報。
銀座のggg(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)で、<きらめくデザイナーたちの競演 ―DNPグラフィックデザイン・アーカイブ収蔵品展・会期は2009年1月9日(金)- 1月31日(土)>のオープニングが、1月9日、夕方から会場であり、出かけた。新年会のように、懐かしい顔を確かめ、いつものように写真も何枚か撮った。この1枚。
まさかと思うほど、あっけないほど、身近に感じた、命のはかなさ。

この写真を撮るいきさつも、後に触れる、昨年末急逝された木村恒久さんのことを想うグラフィックデザイナーが自然と寄り添った。小生も居合わせたこともあり、自然とシャッターを切ったもの。写真は左から、松永真さん、木村さんの作品、福田繁雄さん、勝井三雄さん、永井一正さん。

いきなりの知らせだった。
「福田繁雄さん、11日午後10時30分、くも膜下出血で死去した。76歳だった。」と、

去年の福田さんの展示に遡る。
福田さんの回顧展といえる、タイムトンネリシリーズVol.27 福田繁雄展「ハードルは潜(kugu)れ」、会場:クリエイションギャラリーG8とガーディアン・ガーデンの2会場で、2008年10月27日(月)~ 11月21日(金)に開催された。レセプションが、11月4日(火)両会場で行われたが、福田さんは海外からの帰国のスケジュールがうまくできなかたっとかで、会場は主役不在でのパーティーだったが、主催者の工夫や苦労が垣間見られるほど、内容も新鮮で驚きのある充実したもので、会場で、作品を前にご本人の言葉を聞きたかった展示でもあった。

木村恒久さんのこと。
「昨年12月27日、肺がんのため東京都港区の自宅で死去した。80歳だった。」との報道の接した。年が明けてからであった。
ニュースでも、木村恒久さんのことを下記の作品で紹介されていることが多いようだ。当時は今のようにデジタルでいかようにも合成など画像処理はたやすいことではなかった時代に、度肝を抜くような表現で、企業(パイオニア)広告などに展開した記憶が、鮮烈に蘇ってくる。

(出典:Asahi.com)

このお二人に、あわせてこの時期に、遠くに旅立たれた知人に、ご冥福を。

2007-11-22

人は右側通行・・・といっても

対面通行の流れをみると、歩くときは自然と左側になることが多いようだ 。本能的な防御反応からなのか? 新日本橋駅の地下道で。

2007-11-20

年の暮れを知らせる挨拶状

例年この時期になると何人かから届くが、なかには、しばらく会っていないと思っていた知り合いだと、いきなり知らされ愕然とする。いろいろな思いが馳せ巡る。慌しいなかでも、悲しみや、ふと懐かしさにひたる時だ。

2007-11-12

細江英公・人間写真家五十年を祝う会

市谷で細江さんとしては、初の出版『死の灰』記念会でもあり、褒賞受賞や節目など盛りだくさんの名目もあっての祝う会があり出かけた。祝宴ではあるものの酒や食はさておいて、多彩な顔ぶれ、懐かしいひと、あらてめて眼を留めたひと、ひと・・・、今という時間を共有できた2時間だった。細江英公の撮ってきた写真の世界は生と死の間の愛を美の舞台に昇らせようとしているようだ。すでにか?(氏の写真体験だけでも60年近くにはなるだろうから・・・)

写真集『死の灰』(窓社・2007年7月20日刊)
「天災は避けがたい。しかし、人間が作リ出す人災は、人間にその気があれば避けられるものだ」、これが救いだ。再び訴える「天災は避けがたい。しかし、人災は避けられる!」・・・・・・と。(本書あとがきより)

会の発起人でもある大野慶人さんが壇上に

宴も終わり帰途に着く前に写真繋がりで・・・